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2010-04-16

IBM vs Hercules。本当に問題なのは一体何なのか?その正体に迫ってみる。

ヘラクレスといえば、ギリシャ神話に登場する巨人族と戦った英雄である。奇しくもオープンソースのメインフレームエミュレータであるHerculesは、IT業界の巨人であるIBMに果敢にも挑戦している。なんだかヘラクレスを応援したくなるような構図であるが、筆者は何も「Herculesエミュレーターは英雄だ!」と言うつもりは毛頭無い。Herculesエミュレータはオープンソースソフトウェアであり、TurboHerculesはそれを利用してビジネスをしている。一方で、IBMもオープンソースに貢献しており、かつオープンソースへの支持を表明している。彼らはライバルなのだ。Herculesは弱小でありIBMは巨大だが、ビジネスで争うライバルであることに変わりはない。

IBMとTurboHerculesによる係争については、前々回前回から続いて3回目になる。今回は「IBMが一体何を非難されているのかということについて」さらに問題の本質に迫ってみよう。

確かにIBMはOSSコミュニティへ貢献している。

IBMはOSSに貢献している。それは確かな事実である。パテント・コモンズを打ち立ててOSSコミュニティに自社の特許を開放したし、Linuxをはじめとして、オープンソースソフトウェアの開発に大きく貢献している。ちょうどタイムリーに、日本におけるオープンソース界の重鎮である、吉岡 弘隆氏のブログで、IBMによるOSSへの貢献が如何に素晴らしいものであるか!という称賛がなされている。

確かに素晴らしい。

IBMがOSSに取り組む姿勢は本物であり、OSSコミュニティはIBMから大きな恩恵を受けている。IBMの貢献によって、OSSコミュニティにもたらされた経済的なメリットは非常に大きいと言えるだろう。

IBMの行為は完全に合法

もう一つ重要なのは、IBMの行動はどのような法律も犯してはいないということだ。先進国諸国が法治国家である以上、法律を犯していない企業が責められるのはおかしいという見方があるだろう。特許の主張は特許法で認められた行為であり、適法性という点でIBMが非難される所以は一切無いのである。

なお、TurboHerculesは欧州委員会(EC)に対してIBMのビジネス慣行を調査するよう申し立てを行っているところであるが、IBMの行為が独占禁止法における「独占行為」にあたるかどうかということについては、現在ECが調査をしている段階であり、現時点ではグレーである。つまり、まだ排除勧告も何も出ていない段階であるから、この点でもIBMが非難されるいわれはない。

OSSコミュニティに(経済的に)貢献していて、なおかつ法的にも完全にシロなら一体何を責められる必要があるのさ!!と思われることだろう。となれば、非難されているのは他の問題なのである。

残るは倫理的な問題

経済的、法的な問題を除けば、残るのはおのずと倫理的な問題になる。Florian Mueller氏が指摘しているのは、全て倫理的な問題なのだ。だから、IBMがOSSコミュニティへ貢献しているといった主張、即ち経済的な問題や、IBMは何の法律も犯していないから何の問題もないといった主張とは、今回の問題は噛み合わない。倫理的な問題であるから、倫理的な是非を問うべきなのである。

人は度々何かの正当性を主張したい場合、問題点の核心についての言及を避け、他のメリットや良い点を主張してしまう傾向にある。だが、それは「総合的に判断する」という思考パターンであり、そのような思考による判断が求められる局面は度々あるのだが(例えば新しいPCを買うときなどは、コスト・機能・デザインなどから総合的に判断を下すだろう)、問題点を指摘されているときに他のメリットを持ち出すのは、話のすり替えである。今回の問題については、倫理的なものだという認識をもって吟味しないと、道を見誤ってしまうのだ。

Florian Mueller氏は今回の件について、様々な問いを我々に投げかけている。

ひとつは、OSSにとって最大の脅威である特許で威嚇したということである。IBMはおよそ50000件にものぼる特許を取得しており、その武器を用いればどのようなOSSプロジェクトであってもひとたまりもない。たとえLinuxのように大きなプロジェクトであってでも!である。しかし少なくともIBMは「OSSを支持する」と言っている。だから特許をもってOSSプロジェクトを潰したことはない。だから信用されている。で、ここに来てのHerculesへの威嚇である。威嚇された方は度肝を抜かれるし恐怖におののいてしまうだろう。

だって支持するって言ったじゃないか!

50000件にものぼる特許は強大な武器である。OSSにとっては、一発でも命中すれば致命的な、ミサイルのようなものである。OSSを支持するということは、「我が軍のミサイルではOSSを攻撃しない」という姿勢が絶対に必要なのである。

もうひとつの問いは、パテント・コモンズの意義についてである。確かにそのうち500の砲台は、オープンソース界から照準が外されたかも知れない。だが、それは全体からすればたったの1%でしかない。残りの99%のミサイルはいつでも発射する準備があるのだ。今回の件では、Herculesに対して100件以上のミサイルが照準を向けらたというわけである。

OSSへの支持やパテント・コモンズへの取り組みは一体何だったのか?となるわけだ。

オープンソース・コミュニティはただ乗りしているのか?

この手の話をすると、必ずといって良いほど上がる批判は「特許という偉大な知的財産をタダで使わせろというのか!この乞食め!」という類のものである。だが、その批判は間違いであると筆者は断言する。

特許は確かに「知識」という素晴らしい財産であり、特許法によって特定の企業や個人に帰属することが認められている。特許は金を産むという意味では、確かに資産価値があるものかも知れない。そういう性質のものであるため、人々は度々特許のことを「知的財産」であると認識する。

一方、オープンソースソフトウェアはどうか。オープンソースソフトウェアには数多くの人による英知が詰まっており、こちらも非常に価値があるものである。ただ違うのは、オープンソースソフトウェアはその性質上、特定の個人や企業に帰属していないということである。つまり、人類全体にとっての貴重な財産なのだ。オープンソースソフトウェアは誰でも無料で使える。しかし、それは人類がこれまで積み上げてきた英知があってこそ、そのような素晴らしいソフトウェアが実現出来たのである。その資産価値たるや、特定の企業の持つ特許には遠く及ばないだろう。

現在、コンピュータ業界は間違いなくそのような無料で使える偉大な資産=オープンソースソフトウェアによって成り立っている。誰もが、オープンソースソフトウェアにただ乗りしているからこそ、業界が成り立っているのである。他者の「知的財産」にただ乗りしているのは果たしてどちらだろうか?

ジレンマに一番苦しんでいるのはIBM自身かも知れない

数多くの特許を取得するために研究開発に多くの投資をして、それによりもっと多くの利益を回収する。それは現代において広く認められたビジネスのスタイルであり、利益を回収することは企業である以上、最も大切な使命である。メインフレームのような、プロプラエタリなプラットフォームをもって事業を行っている部隊となれば、そういった考え方はごくごく自然である。ただし、オープンソースソフトウェアはそのようなビジネススタイルとは噛み合わない。IBMは社内に矛盾を抱えている状態であると考えられる。しかも悪い事に、往々にして株主達はオープンソースソフトウェアへの理解がない。

しかし、オープンソースソフトウェアはこれからのIT企業にとってさらに重要になってくると考えられる。企業、すなわちひとつの統一したエンティティとしては、オープンソースソフトウェアへコミットする姿勢が問われることになるだろう。企業規模が大きくなればなるほど、内包するジレンマの数も増えてくる。企業がとるべき戦略も複雑になるし、部署間での調整も多くなるし、株主への説明責任も厳しく問われるようになるだろう。

オープンソースソフトウェアへもっと大きくコミットしたい。けど出来ない。経営陣はそんなジレンマにに苦しんでいるのかも知れない。業界のジレンマによって本当に苦しんでいるのは巨大企業であるIBM自身かも知れないのだ。

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